ヤコヴレフ Yak-36「フリーハンド」ソ連の実験用垂直離着陸機
1950年代末、アレクサンドル・ヤコヴレフ率いる第115設計局(OKB-115)は、垂直離着陸(VTOL)機の概念研究に着手した。この計画を実用化へと推し進める大きな契機となったのは、イギリスの実験機ショート SC.1およびホーカー P.1127の成功である。主任設計者であるヤコヴレフ自身がファーンボロー国際航空ショーにおいて、これらの機体の飛行展示を直接視察していた。これを受け、1961年にはVTOL技術の専用実証機の製造が承認された。
動力源には、推力ベクトルを下方へ90度偏向できる可変ノズルを備えたR-27-300ターボジェットエンジン2基が採用された。ホバリング時には従来の空気力学的な操縦翼面が機能しないため、低速時の機体制御には反動制御システムが導入された。姿勢制御用ノズルは前方に長く突き出たノーズブームの先端と、尾部コーン内に配置された。さらに、高温の排気ガスが空気取り入れ口へ再吸入されるのを防ぐため、胴体下面には引き込み式ガス偏向板が設置された。エンジンの密集した配置により、降着装置は単輪式前脚と双輪式主脚からなる自転車式降着装置が採用された。地上での安定性を確保する翼下のアウトリガー(補助脚)は、飛行時には後方の流線型フェアリング内に格納される仕組みであった。
第115工場では計4機の機体が製造された。1機は静荷重試験用とされ、残る3機(36・37・38号機)が飛行試験に充てられた。ホバリング試験は1963年に開始された。その後、機体の基本的な空力安定性を評価するため、1964年7月27日、テストパイロットのヴァレンティン・ムーヒンが滑走路を使用した通常の滑走による離着陸を38号機で初めて実施した。垂直離陸から翼の揚力による水平飛行への遷移(トランジション)、そして垂直着陸へと至る完全なVTOL飛行プロファイルが成功裏に実証されたのは、1966年のことであった。
本機は1967年7月のドモジェドヴォ航空ショーにおいて初めて一般公開された。訓練飛行には37号機が使用され、公開当日の公式飛行展示は、翼下パイロンにダミーのUB-16ロケット弾ポッドを懸架した38号機が担当した。ソ連製ジェットVTOL機の登場は西側の情報機関にとって完全な不意打ちであり、直ちにNATOコードネーム「フリーハンド」が付与された。ペイロードと航続距離における深刻な制限、さらには遷移飛行時の極めてシビアな操縦特性により実戦配備には至らなかったものの、Yak-36の飛行試験プログラムは極めて重要な空力データをもたらした。この貴重なデータ基盤は、のちの量産型艦載攻撃機Yak-38の開発において不可欠な礎となったのである。
- 商品タイプ:
- プラモデル
- 状態:
- 新品
- スケール:
- 1/72
- メーカー:
- Art Model
- 製造番号:
- AM 7203
- 原産国:
- ウクライナ
- モデルタイプ:
- マルチメディア
- 寸法:
- 14 × 23 × 6 cm
- 内容物:
- プラスチックパーツ、クリアパーツ、レジンパーツ、デカール、説明書、箱
- パーツ数:
- 51 点
- 塗装バリエーション:
- 3
- 国籍:
- ソ連
- 時代:
- 冷戦(1946〜1991年)
- 難易度:
- 4/5 上級者


